第21章 「可惜夜に眠る 前編**」
「さむいから、歩きたくなーい」
「しょうがないなぁ……ほら」
お父さんがくるりと背中を向けて、しゃがみ込む。
私は、その背中にぎゅっとしがみついた。
「えへへ、やったー」
お父さんの背中はあったかくて、ちょっとだけシャンプーの匂いがした。
今度はお母さんが呆れたように笑う。
「もー、をそんなに甘やかさないでよー」
「ごめんごめん。でも、はうちの可愛いお姫様だからなー」
「お姫様? じゃあ、お父さんがの王子様?」
私が聞くと、お母さんが吹き出した。
「ちょっと! お父さんはお母さんの王子様なのよ〜」
「えぇ〜〜」
私はぷくっとほっぺをふくらませる。
「じゃあ、の王子様は?」
「それはこれからね〜。きっと、出会ったときにの心が教えてくれるわよ」
「心が?」
「そうよ、“どきっ”ってなったり、“きゅん”ってなったり」
「どきっ? きゅん?」
「あはは。まだわかんないか〜。ま、の心のままに従えばいいのよ」
そう言って、お母さんが私の胸をつん、と指でついた。
言ってることはよくわかんないけど……なんだかちょっとだけ、わくわくする。
「王子様、いつ会えるかなぁ。あした?」
すると、お母さんが私の頭をぽんぽんって叩いた。
「ふふっ、明日かもね〜。……ひょっとしたら、今日かもよ?」
「え〜! ほんと!? じゃあ、早く会いたーい!」
私がうきうきしながら声を上げると、
お父さんが、わざとらしく大きなため息をついた。
「に王子様はまだ早いっ! お父さん、反対!!」
「ちょっとー、今からその調子でどうするのよ」
お母さんが呆れたように笑って言うと、お父さんがしょんぼりした声で言った。
「ずーっと、お父さんのお姫様でいてくれればいいのに……」
「やーだー、王子様ほしいもん!」
「うぅ……つらい……」
そんなやりとりをしながら、三人で階段を下りていく。
キッチンからは、焼きたてのパンのいい匂いがふわっと流れてきた。