第20章 「君の心をさらったその日から**」
「……っ」
ぱしっ、と。
乾いた音がして、が僕の手を払い除けた。
手の甲に鋭い痛みが走る。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「ごめんなさい…… いい子にするから……ッ」
は首を小さく振る。
否定するみたいに、何度も。
しゃがみ込んだまま、背中が丸く縮こまる。
涙で濡れた睫毛が震えて、頬を伝う雫が止まらない。
「……」
呼びかけた声が、自分でも情けないほど弱かった。
「……置いてかないで……」
「お父さん……お母さん……っ」
謝る相手は、ここにはいないのに。
それでもは、何度も何度も繰り返す。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
その小さい身体が震えているのを、僕は見ているしかなかった。
伸ばした手は、宙に置き去りになったまま。
引っ込めることもできない。
もう一度触れる勇気もない。
ふと、顔を上げたと目が合った。
けれど――
その涙をためた目に映っている青は、僕じゃない。
目の前にいるのに。
こんなに近くにいるのに。
彼女の瞳には、別のものが映っている気がした。
(――ああ、まただ)
また、僕の手から消えていく。
あの日と同じように。
傑のときと、同じように。
いやだ。
今度こそ、嫌だ。
……僕が、さらったつもりだった。
の心を。
の今を。
の未来を。
でも、それは――
僕の手から、あまりにあっけなく君を攫っていく。
(僕がどれだけ抱きしめても)
(君は、あの日に引き戻される)
海風が吹いて、髪が揺れた。
繰り返される防災無線の声が、鮮明に耳に刺さる。
……ねえ、。
何があったの?
海が、君の心をさらった――その日から。
♦︎第20章 了♦︎