第5章 「境界に口づけて」
(……消えてしまいたい)
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
倒れる前――訓練場で自分がしでかしたことを思い出すたび、穴があったら入りたくなる。
よりによって、先生にあんな……。
(もう顔向けできない……)
は布団を握りしめ、視線を合わせることもできなかった。
だがその沈黙を破ったのは、五条だった。
「ねぇ、」
低く、芯の通った声。
「――悠蓮って名前に、心当たりは?」
の心臓が大きく跳ねた。驚きで呼吸が詰まり、思わず起き上がり、五条の顔を見る。
「……なんで、その名前を……」
震える声が漏れた。
五条はサングラス越しにじっとを見据えていた。
レンズの奥にある六眼の光は見えなくても、その視線がまっすぐ自分を射抜いているのがわかる。
「さっき、君の口から聞いた。というか……君じゃない“何か”が名乗った」
静かな言葉。
だが、その声には揺るがない真剣さがあった。
は唇を噛み、視線を逸らした。
隠し通せる話じゃない――そう思った。
「……夢で」
小さく、震える声で言う。
五条の手がわずかに動いた気配がした。
「夢?」
促されるように、は続けた。
「何度か見たんです……。草原みたいな場所で、白い花が一面に咲いてて……。そこに、翠色の目をした長い黒髪の女の人がいて」
その言葉に、五条の指先がわずかに止まる。