第20章 「君の心をさらったその日から**」
コンコンと車の窓を叩く音がした。
伊地知がびくりと肩を揺らして顔を上げると、助手席側の窓の外にひとりの女性が立っていた。
日除け用の大きな帽子に、麻のシャツワンピース。
髪にはうっすら白いものが混じっているが、背筋の伸びた立ち姿は驚くほど若々しい。
そして、その両腕には――
「……桃?」
箱いっぱいに、桃がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
「ここで、何してるの?」
窓越しに投げかけられた声に、伊地知は慌てて車を降りる。
「あっ、こんな場所に駐車してしまってすみません! 車が故障してしまって、今JAFを……」
「いや、別に邪魔とかじゃないんだけど、なんか気になっちゃってさ」
女性は車内をじっと見渡し、やがて後部座席から出てきた五条に気づいてぱっと笑顔になった。
「わ、お兄さん背高いねー。目隠し? 目、悪いの?」
女性の重なる問いかけに、五条は目隠しの端に指をかけながら答えた。
「ううん、むしろ逆。 見えすぎちゃって疲れるのよ、これが。 ちょっとした特殊体質ってやつ」
「へぇ~、そういう人もいるんだ? なんか芸能人みたいでカッコいいわね」
女性はあっさり納得した様子で、屈託のない笑顔で続ける。
「で、どのくらい待つの?」
「一時間くらいと言われまして……」
「だめだめ、そんなの! この暑さで一時間も待ってたら、あんたたち具合悪くなっちゃう!」
「あ、うちすぐそこだから。JAF来るまで、うちで待つといいよ」
そう言って、すぐ先の家を指差した。
「じゃあ遠慮なく。すんませんね」
五条は即答だった。
すでにアイスケーキが入った保冷バッグを小脇に抱えている。
「ついでに、このアイスケーキ、冷凍庫に入れさせてほしいんだけど」
「いいよいいよ。なんでも入れちゃって~!」
「えっ、五条さん!? あの……見ず知らずの方のお宅に……!」
「困ったときはお互い様でしょ!」
女性はそう言って、伊地知に向かって片手をひらひらと振った。
戸惑ったまま言葉を探す伊地知に、女性はもう一度にこっと笑う。
「大丈夫、大丈夫。減るもんじゃなし」
その一言で、伊地知は完全に押し切られた。