第17章 「花は蒼に濡れる**」
「……わ、東京タワーだ」
思わず呟いたその瞬間、私はスリッパの音をパタパタと響かせながら、小走りで窓の方へ向かった。
まるで引き寄せられるように、気づけばすぐ目の前まで来ていて、そっと窓に手を添える。
(……きれい……下から見上げるのと全然違う)
さっきまでの緊張が、静かにほどけていくのがわかった。
すると、すぐ後ろから先生の声が聞こえた。
「“東京”って感じ”するでしょ」
振り返ると、先生はどこか得意げな顔で微笑んでいた。
そのまま少しだけ近づいてきたかと思うと、
「が見たくなったら、また連れてくるよ」
その言葉は、先生にとっては何気ない一言だったのかもしれない。
(……また来ても、いいんだ)
そう思ったら、胸の奥がじんわりあたたかくなって。
どうしようもなく、嬉しかった。
顔がかぁっと熱くなるのが自分でもわかって、
私は慌てて先部屋の中を見渡した。
「……部屋、広いですね。普段使ってないなんてもったいないくらい」
なんでもないふりをして、そう言った声が少しだけ上ずってしまったのが自分でもわかった。
家具は少なくて、色もモノトーン。
生活感のないシンプルな部屋――
だけど、その無機質さの中に、
ソファの背にかけられたグレーの上着とか、
ダイニングに無造作に置かれたサングラスとか。
ほんの少しだけ「先生の匂い」が残ってる。
ふと、視線を奥へと移した。
リビングの奥。
白いドアが少しだけ開いていて――
その向こうに、寝室が見えた。
(……あ、ベッド)
シンプルなフレームに、真っ白なシーツが敷かれていて、
ベッドサイドには小さなスタンドライト。
それを見た瞬間、今日の昼間のことが浮かび上がる。
先生の胸元へ顔を寄せて。
遠慮がちに、でももう後には引けなくて。
こつんと額をあずけて、震える声で言ったあの一言。
『……先生と、ふたりになれるところ……行きたい、です』
あの時の鼓動も、熱も、先生の手の温度も。
まだ、身体の中に残ってる。