第17章 「花は蒼に濡れる**」
部屋の前で、先生がポケットからカードキーを取り出した。
それを壁の端末にかざすと――
ピッ――
乾いた電子音が響いて、ドアのロックが静かに外れる。
続けて、先生がドアノブに手をかけ、扉を開けた。
「……どうぞ、僕の隠れ家へ」
その言葉は、たぶん冗談半分だったんだと思う。
でも私はほんの少しだけ、本当に先生の“秘密の場所”に連れてこられたような気がして胸が少し高鳴った。
(ここが……先生の住んでる場所……)
先生に連れてこられたのは、都心にある高層マンションだった。
エントランスを抜けてロビーを通ったときのことが、ふと頭をよぎる。
広いロビーにはオートロックと監視カメラがしっかり備えられていて、ソファや観葉植物が並び、どこか落ち着いた雰囲気だった。
(……こんなマンション、初めて来たかも)
まるで高級ホテルみたいで、歩くだけで少し緊張した。
なぜかそわそわして、どこに視線を置けばいいかも分からなかった。
でも、先生が前を歩いていて。
その後ろをついていくことで、なんとか足を止めずにいられた。
「お、おじゃまします」
そう言って靴を脱ぎ、一歩、足を踏み入れる。
ひんやりとしたフローリング。
「ここも借りてんだけどさー、呼び出し多すぎて、最近は高専の社宅ばっか」
そう言って、先生はスリッパを並べて差し出してくれた。
私は「ありがとうございます」と小さくお礼を言い、スリッパに足を通す。
滑らかな感触のルームスリッパ。
新品みたいにきれいだけど、ほんの少しだけ柔らかくて――
誰かが履いたこと、あるのかな……なんて。
(……前の、彼女とか……?)
そんなこと考えちゃった瞬間、心が少しモヤっとする。
(なに考えてんの、私……)
あわてて心の中でぶんぶん首を振る。
部屋の中へと数歩進むと、奥の大きな窓から夜景が見えた。
ビルの灯りが静かにきらめく中、東京タワーの姿がすっと浮かび上がっている。