第14章 「その花は、誰のために咲く」
初夏の陽が差し込む廊下は、どこかぼんやりとまぶしかった。
窓際を通り過ぎるたび、制服の袖に陽射しが触れて、あたたかさを残していく。
京都から高専に戻って、訓練も授業もいつもの日常に戻りつつある。
けれど、心の奥に残った揺れだけは、まだ拭えないままだった。
五条家の庭で見た、白い花。
その先で出会った、銀髪の青年。
名前を呼ばれ、頬に触れられたときの感触。
そして――
耳の奥に残る、あの名前。
『諏訪烈』
思い出すたび、胸がざわつく。
怖かった。
あのとき、先生からの電話が鳴らなければ――
今もまだ、あの場所に囚われていたかもしれない。
あのとき、彼は言った――
『……昔は、もっと僕のこと……呼んでくれたのに』
(……小さい時に会ってたとか?……でも、覚えてない)
けれど、確かに何かが引っかかっていた。
知らないはずなのに、どこか懐かしいような。
それでいて、理由のわからない不安がつきまとう。
ふと足を止めて、窓の外に目を向ける。
揺れる若葉の向こうに、真っ青な空が広がっていた。
(……諏訪烈――あの人は、いったい何者なんだろう)
答えのない問いが、胸の内側で静かに渦を巻く。
(……先生に話した方が、いいのかな)
(でも、別に何かされたわけじゃないし……)
でも、あの人とはきっと、どこかで。
(……また、会う気がする)
今度はきっと、逃げられない形で。
そんな不穏な予感が、胸のどこかに根を張りかけた、
そのときだった。