第19章 「夢に還らぬひと」
七海はの拘束具に手を伸ばし、呪力を流し込んだ。
「さん、少しだけ動かないでください」
革のベルトが、焼き切れるようにして外れる。
「ありがとう……ございます……」
かすれた声に、七海は小さくうなずく。
「……なるほど。肉体そのものではない。あれは、何か別の“仕組み”で動いている」
「仕組み……?」
「本来、死んでいるはずの体を――何らかの方法で、無理に動かしている。まるで呪骸のようですね。」
は、思わず息を呑んだ。
「じゃあ……もう“人間”じゃないってこと……?」
「ええ。すでに“呪い”の側に近い存在です」
七海は再び鉈を構えた。目の前の異形を見据える瞳に、迷いはない。
一歩、踏み込む。
そして、狙い澄ました一撃が――異形の胸元を、鋭く貫いた。
今度は胸元へ、確実に「致命点」へ向けた一撃。
刃が深く突き刺さり、少女の身体が再び倒れ込む――
……しかし、そこに血は流れない。
裂けたはずの傷口が、じわじわと黒くにじみながら、また塞がっていく。
少女が、倒れた体勢のまま、首だけをかくりと持ち上げてを見る。
「……おはなの……ちからを……ちょうだい……」
空気が異様に冷たくなった。
七海はの方へ素早く視線を送る。そして、低く告げる。
「……違う。ただの再生じゃない。中から、別の何かが動いている……」
少女の胸元の裂傷は、黒くただれたままうごめいている。
まるで、その奥に――まだ“何か”が潜んでいるようだった。
七海はの方へ素早く視線を送る。
「……やはり肉体じゃない。この娘の“本体”は呪骸と同じく魂の核があるはず。だが位置はわからない。
私の術式では、動きを止めることはできても、決定打にはならないかもしれません。」
は喉を押さえながら、震える手で呪具を握り直した。
「……私の魔導なら……位置が分からなくても魂を送れるかもしれません。」
そのとき――
少女が、まるで壊れた人形のように立ち上がる。
裂けた胸元からの黒いただれは、なおも広がり、中から何か別の意志が染み出すようだった。
「もっと……もっと……ほしい」
その声は、すでに人間のものではなかった。
伸びたその手が、今度は七海へと向かって伸びる。