第3章 「眠りの底で、目覚める」
夜の寮は、外の音が聞こえるほど静かだった。
廊下の電灯が等間隔に並び、薄暗い光がの部屋まで続いている。
はベッドの上に横たわり、読みかけの本を閉じた。
目を閉じれば眠れるはずなのに――瞼の裏に、またあの草原が広がる気がして怖い。
(……今日は、ちゃんと眠れますように)
祈るように布団を握りしめたが、抗えずに意識が沈んでいった。
――風が鳴っていた。
冷たい風。頬を切るような鋭さで、耳鳴りの奥に入り込んでくる。
ゆっくり瞼を開けると、そこはもう自分の部屋じゃなかった。
――草原。
灰色の空の下、一面に咲き乱れる白い花。
(……またこの花だ)
昼間、校舎の壁際に咲いていた花だ。
それがここでは、果てしなく広がっている。
現実で見た一輪が、夢の中で増殖し、世界を塗り潰しているようだった。
息がうまくできない。
足首まで草が絡みつくようにまとわり、体温を奪っていく。
『――おまえは、まだ目覚めていない』
背後から声が響いた。
女の声。
若いとも老いているとも言えない、不気味なほど澄んだ声。
優しいはずなのに、底知れぬ深みに引きずられるような響きだった。
「……だれ――」
かすれた声で問いかけた瞬間、背中に冷たい気配が走る。
振り返った瞬間、世界が止まった。
目に飛び込んできたのは、長い黒髪の女。
風も草もざわめいているのに、その人だけが動かない。
まるで時が彼女だけを中心に固まったみたいだった。
雪のように白い肌、翠色の瞳。
真っ白な着物が風に揺れ、花々と同じ色で世界に溶け込んでいる。
見知らぬはずなのに、なぜか知っている。
そんな気がした。
女は、に向かって静かに微笑んだ。
『ようやく、会えた』
――その言葉と共に、視界が闇に沈んだ。