第1章 「邂逅 ― 目覚めの夜 ―」
背後で、コツン、と固い靴の音が止まった。
「ちょっと待って、そのまま。今、何を使ったのか、教えてくれる?」
振り返ると、白衣を羽織った女性が立っていた。
「……だれ、ですか?」
「家入硝子。まぁ、医者かな」
家入――そう名乗ったその人は、子どもを別のスーツの男の人に託して、私のほうへゆっくりと歩いてきた。
「ちょっと見せて。……庇った時、手、擦りむいてるでしょ」
言われて気づいた。
左の手のひらに、じんわりと赤い線。
……痛みは、なかった。
そっと差し出すと、その人の手がふれた瞬間――
「っ……」
熱が走った。
でも、それは一瞬で弾かれるように引いた。
眉をしかめる白衣の人。
「……私の反転術式が、拒絶された」
拒絶?
……はんてんじゅつしきってなに?
わたしの体、なんか変なのかな?
「こういう不思議なこと、前にもあった?」
そう聞かれて、少しだけ記憶を探った。
「……はっきりは、覚えてないけど。小さい頃、火事のとき……私のまわりだけ、燃えてなかったって、言われたことがあります……」
あのとき、煙の中で光ってた“なにか”。
私を守るように浮かんでた、白い輪。
家入さんは黙ってわたしを見続けている。
その視線が、わたしの中の何かを探るようで落ち着かない。
(……どうして、私だけこんなことが起きるんだろう)
さっきまで熱かった手は、もう指の先まで冷たかった。
(……私って、なんなんだろう)
──その夜。
制服を着たまま、机に突っ伏していた。
目を閉じていたつもりが、いつの間にか眠っていたらしい。
ふと顔を上げると、鏡に映った瞳が一瞬だけ、淡い翠に染まった気がした。
「……“悠蓮”(ゆうれん)って……誰?」
呟いた途端、呼吸が止まる。
胸が締めつけられるような、変な感じ。
頭の中で、誰かがその名前を呼んだような気がする。
それが夢なのか現実なのかもわからず、ただその響きだけがいつまでも離れなかった。