第1章 「邂逅 ― 目覚めの夜 ―」
春の夜、まだ風の冷たさがじわりと肌を撫でる帰り道。
は塾の帰り道、小さな駅前の交差点で、子どもが何かに怯えているのを見つけた。
「だいじょうぶ……?」とそう声をかけたその瞬間、空気が、異様に冷たくなった。
目には見えない“何か”が、子どもに向かって手を伸ばそうとしていた。
の身体が勝手に動いた。
何かを守るように手をかざしたその刹那――
静かに、しかし確かに空気が“軋んだ”。
淡い光が手のひらから浮かび、光の盾が現れ、続いて閃光のような弾が空中に弾ける。
呪霊の姿は一瞬で消滅し、子どもは無事だった。
「……なに、今の……?」
呟いたの背後に、ブーツの音が止まる。
「ちょっと待って、そのまま。今、何を使ったのか、教えてくれる?」
スーツの上に白衣を羽織った女性――家入硝子がそこにいた。
彼女は呪術高専の医師であり、反転術式を使う治療術式の使い手。
今夜、近隣で発生していた呪霊討伐に同行をしており、この路地を通りかかったところだった。
「術式でもない、呪具でもない……でも、確かに消滅してる。
しかも、この反応……呪力とは異なる」
硝子は子どもを補助監督に託し、にも一時的な保護を申し出た。
その夜、保健処置という名目でに軽い診察を行う。
「子供を庇った時にできたかすり傷があるね、見せてくれる?」
が素直に手のひらを差し出すと、家入は反転術式により傷を治そうとした途端、ふっと“弾かれる”ような感覚が走った。
(……術式が弾かれた、この反応……?)
「あなた、こういう不思議な体験……今までにもあった?」
そう問うと、は一瞬考えたあと、小さく頷いた。
「はっきりとは覚えてないけど……昔、火事の時に……
誰もいなかったのに、私の周りだけ燃えてなくて……それも、同じかも」
家入は黙っての瞳を見つめた。
その奥に、“何か”が眠っている感覚に襲われる。
だがそれは呪いではない。むしろ、“異なる力”のように感じられた。