第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
先生は、いつもの調子で笑っているのに、
その瞳の奥だけが、どこか真っ直ぐだった。
「とこうして歩くだけで、僕にとっては特別なんだよ?」
心臓が――うるさい。
息をするのも忘れるほど、
一瞬で、全身が熱に包まれる。
ぎゅっと繋がれた手から、
先生の鼓動が、じわじわと伝わってくる気がして――
このままじゃ、本当にまともに歩けなくなる。
「……も、もうっ……!」
思わず目をそらして、声を上げかけたその瞬間――
「はは、ごめんごめん」
先生は笑いながら、わたしの顔を覗き込むように言った。
「、顔真っ赤」
「っ……!」
「ほんと、いい反応するね」
茶化すような口ぶり。
けれど、その声がどこか嬉しそうで、優しくて。
ぎゅっと繋がれた手を見ながら、私は小さく口をとがらせた。
「……先生、私で遊んでますね?」
「あ、バレた?」
悪びれもせずに、あっさりと言ってのけるその人に、
ほんの少し、むっとする……ふりだけして、目をそらす。
「……新幹線、遅れちゃいますよ。急ぎましょう、先生」
そう言って、自分から彼の手をぎゅっと握り直した。
一瞬、先生が何か言いかけた気配がしたけれど、
わたしはそのまま、すぐに前を向いた。
顔を見られたら、たぶん、また真っ赤になってしまうから。
「はいはい。……現代の魔女はせっかちだね」
からかうような調子のくせに、
手のひらは、さっきより少しだけ、強く握り返してきた。
まるで、そのぬくもりごと、
わたしを“未来”へと引っ張っていくみたいに。
記憶と恋が交差する、その先へ。
引かれるように、手を取り合って。
わたしたちは、まだ知らない何かへと向かっていた。
それが“力”の真実か、
それとも、ふたりの関係の行方か――
今はまだ、名前のないまま。
けれど、確かに心の奥では、
何かがそっと芽吹き始めていた。
花の名を知る、その時が来ると信じて。
――魔女はまだ、花の名を知らない。