第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
「うん、いいね。そういう、好きだよ」
さらっと、息を吸うように言う。
そんなふうに、簡単に「好き」って言うの、ずるい。
「じゃ、行こっか」
「……は、はい」
わたしが答えるのを待って、
先生は、当たり前のようにわたしのバッグを持ち上げた。
「えっ、自分で、持てます……!」
慌ててそう言いかけたが、
先生はバッグを肩に担いだまま、にっと笑う。
「彼氏なんだから、このぐらいさせてよ」
その一言に、心臓が跳ねた。
(か、彼氏……)
頭の中で、その言葉だけが何度も繰り返される。
彼の声で、あのトーンで、あんなふうに言われたら――
もう、反応するなって方が無理だった。
視線を泳がせて、うつむいて、
どうにか言葉を探すけど――
「……で、でも、先生にカバン持たせるなんて……っ」
か細く漏れた声は、かえって自分の動揺を暴いていた。
そんな私を見て、先生はさらににやけた顔で言う。
「せっかくの旅行なんだからさ。いっぱい、ふたりで思い出つくろ?」
「――――っ!」
だめ、それ以上言わないで。
それ以上言われたら、わたしもうまともに歩けない。
(二人で思い出、って……そんな……)
呼吸まで熱を帯びて、
胸の奥がぎゅっと音を立てるようだった。
嬉しくて、でもそのままじゃ恥ずかしくて、思わず口を尖らせた。
「べ、べつに……その……旅行って言っても……これは、“任務”ですから」
「うん?」
「だから……! あくまで、調査と、確認の……!」
どうにか言葉を絞り出すように言い募ると、
先生は、どこか面白がるように片眉を上げた。
「はいはい。任務、任務ね」
わざとらしい口調で繰り返すその声に、
(……この人、絶対面白がってる)
そう確信して、わたしは目を細めた。
それ以上言わせないように、一歩前へ出ようとしたそのとき――
あたたかい感触が、手のひらに触れた。
驚いてそちらを見れば、
先生が、わたしの手を取っていた。
指先だけじゃない。
ちゃんと、しっかり、手のひらごと包むように。
「……え……?」
声にならない声が漏れる。
「任務だろうがなんだろうが――」