第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
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週末の朝、高専の正門前はいつもより人通りも少なく、
静かな空気が漂っていた。
石畳の上をかすかに風が通り抜け、木々の葉がさらさらと音を立てる。
は、門の前で立ち止まった。
ほんの少しだけ浮き足立つ気持ちを、胸の奥で抱きしめる。
“先生と泊まりで京都”
それは単なる任務以上の、特別な時間になる気がして。
(緊張しすぎて、ほとんど眠れなかった……)
持ってきた旅行バッグを見下ろして、ふぅと小さく息を吐く。
(……一応、新しい下着、入れてきたけど……)
(べ、別に、そういうことにならないかもしれないのに……)
(ていうか、私、何を期待してるの……!)
ひとりで心の中に突っ込みを入れていた
そのとき――
「お、時間通りだね」
背後から聞こえたその声に、胸が跳ねた。
慌てて振り向くと、
先生が、片手をポケットに突っ込みながら歩いてくるところだった。
黒のシャツに薄手のジャケット、少しダメージの入ったデニム。
カジュアルなはずのその服装も、彼が着ると洗練されて見えて、思わず目が奪われる。
そして、黒縁のサングラス――
その奥から、かすかに“蒼”が透けて見える。
普段の目隠しでは見られない、あの澄んだ蒼。
はっきりとは見えないけれど、薄いレンズ越しに覗くその光に、心臓が静かに跳ねた。
(……か、かっこ良すぎるよ)
思わず目が泳いでしまう。
「おはようございます、先生……」
なんとか声を出すと、
彼は少し顎を上げて、にっと笑った。
「うん、おはよ。――、今日も可愛いね」
「……っ、そ、そういうの、いきなり言わないでくださいっ」
咄嗟に言い返したけど、顔が熱くなっていくのを自覚してる。
それを見て、先生はさらに悪戯っぽく口角を上げた。
「ほんとだよ? 髪、いつもとちょっと違うでしょ」
「えっ……」
慌てて自分の髪を触る。
確かに、今日のために少しだけ巻いて、整えてきた。
(……気づいてたの?)
「気合い、入ってんねぇ」
「ち、ちがっ……べ、別にっ」
バレバレの否定を返すと、先生は楽しそうに笑った。