第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
「いやいやいやいや!!」
思わず、声が出た。
書類が数枚舞い落ちる。
慌てて周囲を見渡すが、誰にも聞かれてはいないようだった。
首をぶんぶんと振り、両手で顔を覆った。
「ない……ないない……流石の五条さんでも、それは……っ」
思わず呟いたあと、ぐっと眉間にしわを寄せて自分に言い聞かせる。
「……彼女は、生徒ですよ……! 生徒……!」
(泊まりなのも、夜遅くまで調べるとか、そういう事情で……)
そう必死に自分を納得させながらも――
脳裏には、どこか楽しげな五条の笑みと、赤くなってうつむくさんの姿が浮かんでしまう。
(五条さんの彼女を見る目……)
あんな顔、今まで一度も見たことがない。
あの天井天下唯我独尊 最強の男が、まるで少年のように――
目の前の少女に、心を全部持っていかれているような顔。
教師と生徒? 倫理? 規律?
五条悟の前では、そんなもの意味をなさないのかもしれない。
――これ以上考えるのはやめよう。
脱力するように椅子にもたれかかり、無言のままスマホを手に取る。
指先でスケジュールアプリを開き、必要な情報をいくつか確認。
そして、検索バーに「東京→京都 新幹線」と入力していた。
(……はいはい、任務調整、経費申請、現地手配、全部やりますよ、ええ)
自分でも驚くほど、スムーズに手が動く。
もはや“五条悟の無茶”は、業務の一部として身体に染みついている。
チケットの仮予約の完了ボタンをタップして、スマホをそっと伏せた。
その目元には、諦めと悟りが入り混じった――
ベテラン補助監督特有の、深い憂いが宿っていた。
そして机の端に置いた小さなお守りに、なんとなく手を添える。
心の中でそっと、誰にも聞かれないように、願った。
……休みたい(切実)