第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
ミニ番外編:伊地知の受難
東京都立呪術高専――昼休み。
執務棟の一角、伊地知の机には書類の山と、さっきから鳴り止まないスマホ。
(……まただ。嫌な予感しかしない)
うんざりしながら画面を見ると、案の定――
そこには、おなじみの名前が表示されていた。
『五条悟』
大きくひとつため息をついてから、
覚悟を決めて通話ボタンを押す。
「はい、伊地知です」
『やっほー、伊地知。今週末の僕の任務の件なんだけど――』
「無理です」
間髪入れずに即答した。
『……まだ何も言ってないよ?』
「ですが、どうせまた勝手な日程変更か人員交代の話でしょう? 無理です。特級案件ですし、関係各所との調整もすでに――」
『うんうん、それはそれとしてさ』
まるで人の話など聞いていない調子で、五条が続ける。
『今週末、京都の実家に帰るからさー、新幹線のチケット2枚、手配しといて』
「……は?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「きょ、京都!? 実家!? ……それより、今週末の任務はどうなさるおつもりですか?」
声が裏返る。
『ああ、それ? うん、まあそのへんは、いーじゃんいーじゃん、なんとかなるって』
「なりませんよ!」
叫びかけた声をぐっと飲み込む。
しかし、五条はさらに畳みかけてきた。
『あ、そうだ。三条にある鴨川沿いのレストラン、雰囲気良さげなとこ見つけたから、そこも予約しといて。窓際の席ね。ディナーで』
「……ちょ、五条さん、私の話聞いてますか?」
『うん、もちろん』
即答されたが、間違いなく聞いていない。
『ホテルの予約はいらないから。実家泊まるし』
さらっと言ったその一言に、伊地知の動きが止まる。
「……と、泊まり、ですか?」
『うん。せっかくの京都だし? 僕の家、結構広いしね』
(広さの問題ではない……)
こめかみを押さえながら震える声で言った。
「五条さん……っ! 流石に、理由を聞かせてください!」
勢い込んで言ったあとで、自分でも“声が大きすぎた”と気づく。
すぐに咳ばらいでごまかしながら、語尾を少しだけ落とした。