第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
――目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。
空も、地も、ない。
あるのは、炎と闇。けれど、不思議と熱くはない。
(……私、また夢を見てる?)
自分の足音さえ吸い込まれていくような静寂の中、私は歩き出した。
そのとき、視界の端に、白いものがふわりと降ってくるのが見えた。
(……花……?)
舞い落ちてきたのは、白い花弁。
ひらり、ひらりと。
燃えさかる炎の中に降りてくるのに、まるで熱を帯びず、静かに光をまとう。
知ってる――
あの処刑のときも、この花が、降っていた。
(……どうして、燃えないの……?)
その清浄な香りが鼻腔をくすぐった瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
ひとひら、またひとひら――
白い花弁が降り続ける。
それは、ただ舞い落ちるだけではなかった。
やがて宙を漂う花弁たちは、風もないのにふと流れを変え、ゆっくりと集まり始める。
ひとつ、ふたつ、またひとつ。
空中で、淡い光の粒となって円を描く。
まるで導かれるように、白い軌跡が重なり合っていく。
その形が、輪郭となり、意味を帯びはじめたとき――私は気づいた。
(……冠……?)
淡く光をまといながら、空に浮かぶそれは、
どこか、神聖で、そして――なぜか、懐かしかった。
気づけば私は、手を伸ばしていた。
理由は、なかった。
ただ、触れなければいけない気がした。
指先が、それに届く。あと少しで、触れられる――
そのときだった。
「その冠は……送り出すもの」
不意に届いた声。
それが誰の声か、私はすぐにわかった。
(……悠蓮)
振り向くとそこに彼女がいた。
燃え立つ闇を背に、佇む女。
衣は風に揺れていたが、その顔には翳りがあり、目元だけがはっきりとこちらを見ていた。
静かで、冷たい緑色の瞳。
けれど、その奥に――
どこか痛みのような、何かを見た気がした。
「送り出すって……何を?」
震える声が、自分のものとは思えない。
なのに、問いかけずにはいられなかった。
「選ぶのは……おまえだ。」
悠蓮は、そう答えた。
その声は、どこまでも静かで、やさしいようで、底が知れなかった。
「……選ぶ?」
何を?
けれど、悠蓮はそれ以上は答えてくれなかった。