第9章 「あなたの知らないさよなら」
そのときだった。
――ぽつ、と。
どこかで何かが弾けた音がした。
ラベンダーの葉に、ひとしずく。
空はいつのまにか曇りはじめ、灰色の幕が垂れ込めていた。
やがて、細かな雨粒がしとしとと降りはじめる。
深雪は空を見上げもせず、ただ静かに唇を開いた。
「……このまま一緒になったって」
震える声を、押し殺すように。
「二人に、“未来”なんてないよ……」
睫毛の奥に、涙の気配が滲む。
それでも視線をそらさずに言葉を継ぐ。
「いつか、悟があの子を――“殺すこと”になるかもしれない」
「……それが、呪術界の現実でしょ」
風が、ラベンダーの葉を鳴らす。
そこに雨の音が重なり、沈黙はより深くなる。
それでも、五条は――
ふっと、笑った。
その笑みは、不敵そのものだった。
寂しさや迷いなど微塵もない。
代わりに、抗いがたい自信と、揺るがぬ決意だけが滲んでいた。
「僕があの子を殺す日が来て、が僕を呪って死ぬなら――」
静かに、しかし挑むように言い放つ。
「……そんな幸せなことないね」
どんな未来であろうと受け入れる。
例え恨まれようと、命を奪おうと――
彼女の中に、自分が生きるなら、それでいい。
深雪は、何も言えなかった。
ただ、目の前にいる男の覚悟の深さに――
息を呑むしかなかった。
そして、降りしきる雨の中。
ラベンダーの香りと、濡れた土の匂いが混じり合いながら、
沈黙だけが、ふたりの間にそっと降りた。