第9章 「あなたの知らないさよなら」
……そのときだった。
頬に、ひやりとした感触。
「……ん?」
目を開けると、頬には一本の缶コーヒーが当てられていた。
視線を上げれば、そこに――
白衣を着た硝子が、無言で立っていた。
何も言わず、もう一本の缶を自分の指で軽く弾きながら、
彼女は静かに、となりのベンチに腰を下ろす。
五条が缶をそっと受け取ると、
硝子は何も言わずにとなりに腰を下ろした。
プシュと、彼女の缶のプルタブが開いた音が響いた。
五条はその音に耳を傾けてから、手にした缶をじっと見つめる。
「……ちょっと、硝子。これ、ブラックじゃん」
缶を手にしたまま、五条がぼやく。
硝子はひとくち口に含んでから、冷たく言い放った。
「別に、それ五条のとは言ってない」
「……あ、そう」
二人のあいだに、風が吹き抜ける。
硝子は空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「……探さないの?」
五条は、何も言わない。
「いなくなって、一ヶ月。まだ……間に合うかもしれないよ?」
その声には、わずかに揺れがあった。
五条は缶を見つめたまま、ふっと息をついた。
視線を上げると、木々のあいだから雲がゆっくりと流れていた。
記憶がじわりと胸の奥に滲み出してくる。
「――現時点で、こちらで把握しているのは以上です」
伊地知の報告が終わると、学長室には短い沈黙が落ちた。
四人が集まる室内。
夜蛾は腕を組み、冥冥は窓際に立ったまま、視線を外に向けている。
硝子は壁にもたれて黙り、五条は椅子に座ってじっと伊地知の言葉を待っていた。
「……現在も、さんの行方は捜索中ですが」
伊地知が控えめに言葉を継ぐ。
「ご存じの通り、彼女には呪力がありません。捜索は困難を極めています」
冥冥がくすりと笑った。
「処刑されるのをただ待つのは、耐えられなかったんじゃないか」
「――いや、そんな」
伊地知が言いかけたその時。
「は、そんなことしないよ」
低く、けれどはっきりとした声が、部屋を切り裂いた。
視線が一斉に、五条に向く。