第2章 午後の来客
……なんで、そんな顔して寝てるの。
ランダルは、まばたきを忘れていた。
息もできているのか、わからなかった。
は、目を閉じて空を仰ぎ、微笑んでいる。
夢でも見ているみたいな顔だった。
誰かのことを思い出してるの?
それとも、ただ心地いいだけ?
どっちにしても、ランダルの知らない世界にいる顔だった。
(それが、いちばん――やだ)
そのまま、フェンスを越えてしまいたかった。
声をかけて、こっちを向かせたかった。
笑ってほしかった。
怒っても、困ってもいい。
とにかく、ボクの存在を、いま、ここに、刻みつけたい。
(そうじゃないと、ぜんぶ、どっか行っちゃいそうで)
ランダルは無意識に、ポケットの中で指先をぐるぐると回していた。
手袋の下、汗ばむ指が、不規則に動いて止まらない。
ぎゅっと握って、震えを止めようとしたそのとき――
「……あ」
が、身を起こした。
上体をゆっくりと起こして、
長くのばした腕をぐいっと背中の方へまわして伸ばす。
服の裾がほんの少しだけ持ち上がる。
その一瞬、ランダルは喉の奥で何かが泡立つのを感じた。
(あ……あ、やば……)
胸がぎゅうっと収縮して、息が止まった。
目が、はなせなかった。
いけないって思ってるのに、どうしても。
全身が、そこに惹きつけられていく。
「……ふぅ……そろそろ、お茶でも淹れよっかな」
は気まぐれに立ち上がり、
伸びをするようにして大きく背伸びをした。
何も知らず、何も感じず――
その動きが、ランダルの心を、ひどく静かに、かき乱した。
遠くで、もっ、もっ、と草を食む音が続いている。
ヤギのような何かは、変わらず無心で雑草をむしっている。
まるで、何も起きていない世界のように。
でも、ランダルの中では。
ひとつの何かが、きゅうきゅうに膨らんで、今にもはじけそうだった。