第1章 満ちる月、満ちない気持ち
当初、ダンブルドアから「ある子を預かってほしい」と言われたとき、リーマスは迷った。
仕事も収入も安定していない。夜には制御のきかない病が訪れる。そんな自分が子どもを――そう思っていた。
けれど、今目の前にいるこの子を見て、はっきりと思った。
(私しか、この子を理解できない。寄り添えるのは、きっと私しかいない)
だからこそ、今この瞬間だけは、躊躇などしていられない。
「大丈夫だよ、チユ。君には、立派な魔女になれる素質がある。だから私は、君を迎えに来た」
それは、かつてリーマスがダンブルドアにかけてもらった言葉だった。
今度は、自分が誰かの背中を押す番だ。
チユは、小さな声で尋ねた。
「……本当に? 私なんかでも、信じて……いいの?」
「もちろんさ。ダンブルドアも、私も、君を裏切ったりはしない」
しばらくの沈黙のあと、チユは小さく頷いた。
「……わかった。私……行く」
リーマスは手を差し出した。
「じゃあ、私にしっかり捕まっていてくれ」
チユはおそるおそる、彼の腕を掴んだ。
「こ、こう……?」
「うん、でも、もっとしっかりだ。君が落ちたら、私が困る」
リーマスはそう言って、チユの小さな腕を自分の腕に絡ませるようにぎゅっと抱き寄せた。
パチンッ。
空気がはじける音と共に、2人の姿はその場から消えた。
次にチユが目を開けたとき、足元にはやわらかい草が広がっていた。
辺りには古びた墓も、重たい空気もない。風はやさしく、陽の光が葉の隙間から差し込んでいた。
「……あったかいね」
ぽつりとこぼしたその言葉に、リーマスはそっと微笑んだ。
「そうだね。今日からここが、君の家だよ」
新しい居場所、新しい家族、そして――新しい未来。
こうして、チユとリーマスの人生は静かに、けれど確かに動き出した。