第5章 ギルデロイ・ロックハート
30分後。
「はい、ペンを置いてくださーい!」
ロックハートの明るすぎる声が響いた。
ほとんどの問題が埋まっていない答案用紙は、もはや紙ではなく“敗北の証”だった。
彼女の隣では、ロンが首をかしげながら「最後のページ、いったい何語だったんだ……?」とぼやいていた。
ロックハートは満足そうに答案を回収すると、教室の前に立ち、束ねた紙をパラパラとめくりながらコメントを始めた。
「チッチッチー!」
その音と同時に、チユの背筋がすっと冷えた。
「私の好きな色が“ライラック色”だということを、ほとんど誰も覚えていないようだね。『雪男とゆっくり1年』の中で、ちゃんと言っているのにねぇ」
(それが闇の魔術に対する防衛術となんの関係があるのだろうか)
チユはうつむいたまま、答え合わせに付き合わないという意思を背中で表現していた。
「それから、『狼男との大いなる山歩き』を、もう少ししっかり読まなければならない子も何人かいるようだ。第12章ではっきり書いてあります。“理想的な誕生日プレゼントは、魔法界と、魔法界のハーモニーです”!」
(壮大すぎる……っていうか、それ、プレゼントって言うの?)
ロンが「もはや哲学だな」とつぶやくと、チユは思わず肩をふるわせた。
「もちろん、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの大瓶でも、お断りはいたしませんけどね!」
いたずらっぽくウィンクしたロックハートを見て、前列のシェーマスとディーンが小さく吹き出す。
ロンは、もはやあきれて笑うことすら忘れた顔で、口をぽかんと開けていた。
だが、教室の一角――ハーマイオニーはまるで夢を見ているかのように、頬をほんのり染めてロックハートを見つめていた。
その顔を見て、チユは「えっ」と内心で突っ込まずにいられなかった。
彼女の目は真剣そのもの。
ロックハートの言葉の1つ1つに、まるで魔法をかけられているかのようだった。