第1章 満ちる月、満ちない気持ち
ヴォルデモート卿が滅び、不死鳥の騎士団が解散されてからというもの、リーマス・ルーピンの暮らしは、寂しさと静けさに包まれていた。
狭く、湿気のこもった路地裏の朽ちかけた小さな家。
彼はそこで、身の丈に合わないほど平凡で単純な仕事を転々としながら、静かに、しかしどこか諦めを含んだ日々を送っていた。
能力があっても、人狼という事実がそのすべてを覆い隠す。
世間の冷たい視線に、彼は何度も心を折られていた。
そんな暮らしのある日、めったに誰も訪れない家の扉が、コン、コンと控えめに叩かれた。
「……誰だ?」
警戒を滲ませながら、リーマスはゆっくりと扉を開けた。
そこに立っていたのは、長い銀髪とひとつにまとめた白い髭。深い青のローブを纏い、優しく微笑む人物――ホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアだった。
「おお、久しぶりじゃのう、リーマスよ」
その声は、何も変わっていなかった。時の流れがあの日のまま止まっていたかのように。
「……ダンブルドア……?一体……と、とりあえず、中へどうぞ」
突然の訪問に驚きつつも、リーマスは慌てて部屋に招き入れた。久しぶりの会話に喉が渇き、声が少し上ずる。
伸び切った髪を手ぐしで撫でつけ、散らかった羊皮紙と古書をダイニングテーブルから慌ただしく片づけると、唯一ぐらつかない椅子を引いて勧めた。
「どうぞ……あまり、快適とは言えませんが」
「いやいや、気にせんとも。わしにはこれくらいがちょうどよい」
ダンブルドアは椅子に腰を下ろし、座面が少しきしむと、「ほほう、これはおもしろい椅子じゃな」と笑った。
愉快そうなその様子に、リーマスは顔を赤らめ、湯気の立つ紅茶を手渡した。
「それで……今日は、一体どうなさったのですか?」
「ふむ、まぁ、そう急かさんでも。まずは――」
「私にそんな余裕はありません、ダンブルドア」
思わず口を突いて出た言葉に、リーマス自身が息を呑んだ。
失礼だった。それはわかっていた。
だが、感情の波は抑えきれなかった。
満月が近づいているせいかもしれない。そう自分に言い訳する。
けれど、ダンブルドアは変わらぬ優しさを湛えた瞳で、静かに彼を見ていた。その優しさが、かえって痛かった。