第2章 秘密の夏休み
夏の陽射しはロンドン郊外の小さな家にも平等に降り注ぎ、開け放たれた窓からは風に揺れる木の葉のざわめきが聞こえていた。
チユはその窓辺に腰掛け、インクの染みた指先で手紙の封をそっと閉じる。
「……これでロンには3通目、ハーマイオニーには4通目。ゼロは…5通目」
宛名を見て小さく微笑みながら、彼女はふとテーブルの上に残された便せんに目を落とす。
そこには、誰にも宛てられていない一通の手紙があった。
差出人はまだいない――ハリーからの手紙は、夏休みに入ってから一度も届いていなかった。
「忙しいのかな……それとも、私何かしちゃったのかな」
小さな声は、静かな部屋の空気に溶け込んでいく。
しばらくして、ゆっくりと足音が近づいてきた。振り向くと、優しい目がチユを見つめていた。
「悩みごとかい?」
リーマスだ。薄いカーディガンの袖をまくりながら、チユの向かいの椅子に腰を下ろす。
その仕草は丁寧で、どこか静かな品があった。
「ううん……ちょっとだけ」
「ハリーのことかい?」
彼の言葉に、チユはびくりとした。
リーマスは驚くほど察しがよかった。
「うん……返事が、こないの」
「そうか……それは寂しいね」
リーマスは言葉を選ぶようにゆっくりと話した。そして、そっとティーポットに手を伸ばし、2人分のカップに紅茶を注いだ。
この家での暮らしは、とても穏やかで、そして温かだった。
リーマスは、実の父親のように彼女を大切に扱ってくれた。
朝食の時間には、湯気の立つ紅茶と焼き立てのトーストがテーブルに並び、チユが目をこすりながら食堂にやって来ると、優しい笑みで「おはよう」と声をかけてくれる。
夕方には2人で庭の草を抜いたり、畑の手入れをしたりもした。
陽が傾いてくると、リーマスは暖炉の前で古びた魔法書を開き、チユのために魔法界の昔話や伝説を語ってくれるのだった。
そんな穏やかな時間が、チユはとても好きだった。
けれど、彼の眼差しがふとした瞬間に遠くを見つめるとき、胸の奥がじんわりと痛んだ。
まるで長い時間の中に取り残された影が、そこにあるように思えてならなかった。