第7章 らっとまんはんと
その日、屋敷の空気がどこか落ち着かなかった。
廊下のあちこちに小さな足音が響き、天井裏で何かが這うような気配がした。
キッチンの床には、かすれた小さな泥の跡と、引きずられたような紙くず。
「ラットマンだね」
ルーサーが静かに告げると、ソファで爪を研いでいたニェンの目が細まった。
ぴくりと尻尾が揺れ、即座に戦闘態勢に入る。
「ニョン、ニェン。家中をくまなく探しなさい」
命じられた二人のキャットマンはすぐに姿勢を正し、それぞれの方向へ散っていった。
私は、居間の隅に座っていた。
床に流れる風がいつもより速くて、落ち着かない。
そこに、ランダルがぴょこんと現れた。
「は、なーんにもしなくていいからね」
私の頭を撫でながら、得意げな顔をする。
「こういうのは、キャットマンたちに任せればいいの。……よしよし、いいこだね」
撫でられるたびに、髪が静電気でふわりと舞った。
でも、私は――少しだけ、気になっていた。
ラットマン。
見たこともないし、触れたこともないけれど、
名前だけは、どこかで聞いたことがある気がした。
「……興味、ある」
そう呟いた声を拾ったのは、ランダルではなく――
「ふむ……では、ニョンと一緒にいなさい」
ルーサーだった。
私が振り返るより早く、ルーサーは淡々と続ける。
「近くで見ていなさい。ただし、邪魔にならないように。ニョンは君のそばにいる」
そのとき、階段の影から、ひとつの影がすっと現れた。
鋭い目をしたニョンだった。
いつもと変わらぬ穏やかな顔。でも、その奥の目は、何かを捕らえて離さない。