第1章 プロローグ
「えっ……名前!? 喋った! しゃべった~!」
ランダルが目を丸くして、ぱあっと笑顔を広げる。
その声の余韻に重なるように――重たい足音が、草を踏んで近づいてきた。
現れたのは、190cmを超える長身の男――ルーサー・フォン・アイヴォリー。
整った姿勢に、感情の見えない目。冷たく張り詰めた空気が、彼とともに流れ込む。
「名を名乗るとは」
それだけをぽつりと呟いて、私を見下ろした。
そのすぐ後ろに立つのは、赤い目をしたキャットマン――ニェン。
視線だけで私をなぞり、何も言わず、鼻先でわずかに息を吐いた。
そして、部屋の隅――窓際には、黄色いスウェットのキャットマン――ニョンが腰を下ろしていた。
煙草の煙をゆるく吐きながら、ちらりとこちらを見て、それきり視線を戻した。
誰も何も言わなかった。否定もしなければ、肯定もしない。
「へへ……今日からきみもお友達だよぉ~」
ランダルは笑顔で、私の肩をぽんぽんと叩く。
許可を得たわけでも、誰かに問うたわけでもない。ただ、そう決めただけだった。
セバスチャンは壁際に立ち、こちらをじっと見ていた。
沈黙のまま、何も語らず、何も求めないまなざしで。
ルーサーがゆっくりと背を向け、短く言い残した。
「……しばらく、様子を見よう」
私は、名前を言った。
それだけで、ここに拾われた。
それだけが、“この世界”に置かれる理由になった。