第5章 おいしゃさんごっこ
ぎしり、と廊下の床が軋む音がした。
曇った窓から差し込む光はわずかで、長い廊下の先まで届いていなかった。
屋敷の壁や天井の隙間、その影に潜むようにして――どこからともなく、いびつな形の人形たちが這い寄ってくる。
「ケケ……ケケケ……」
乾いた笑いのような、壊れかけたおもちゃのような声。
その声に混じって、ガサガサと這いずる音がする。虫のように、壁を。窓枠を。天井の梁を。
あらゆる場所から、その小さな気配はにじり寄ってきた。
どれも“人形”の姿をしてはいた。
一見すると完成された普通の人形のようにも見える。けれどよく見れば不自然に手足の長さが違い、顔のパーツがずれ、縫い目が裂けて糸がのぞいていた。
かわいいというより、不気味な存在。壊れかけた玩具のように、なめらかではない動きで迫ってくる。
「いてっ!おい……!こいつ……!」
セバスチャンの声がすぐ横で響いた。
足元にしがみついた人形が、彼の靴紐を噛んでいる。
セバスチャンは眉をひそめ、ぐっと足を引いて蹴り飛ばした。
「……なんだこいつら、気持ちわりぃな……」
蹴られた人形は、廊下の向こうへ転がり、壁にぶつかった。
けれど、しばらくするとまた、ガサ……と音を立てて立ち上がる。まるで何事もなかったように、ぎこちない足取りで戻ってくる。
私はそっとしゃがみこみ、脚にまとわりつく別の人形たちに目を合わせた。
目線を合わせた瞬間、何体かの人形が小さく「ケケ……」と鳴いた気がした。
そのうちのひとつを、私はゆっくりと抱き上げた。
手の中のそれは、布と綿でできているはずなのに、どこか湿ったようなぬるい重さがあり、機械のような、動物のような――何とも言えない生き物めいた感触があった。
そのとき、背後から軽やかな足音が聞こえてきた。
「ねぇ、、セバスチャン!きょうはね、びょういんごっこしようよー!」
振り返ると、ランダルが廊下の奥から姿を見せた。
いつもより真っ白な白衣を羽織り、その裾をふわりと揺らしながら近づいてくる。
足元にまとわりつく人形たちを、まるで壊さないように避けながら、ひょいひょいと器用に歩いていた。
笑顔は明るく、声の調子も弾んでいる。
けれど、その目の奥だけは――どこか、ぎらついた光を帯びていた。