第3章 ひとつぶのよる
コツ、コツ、コツ……
不規則に響く足音が、リビングの外から近づいてくる。
重たく、荒々しい音。まるで誰かを起こそうとして、わざと大きな音を立てているようだった。
「…………しんじゃった、だって?」
扉の向こうから、不穏な声が落ちてくる。
その声色は低く、湿っていて、どこかふざけたような抑揚を含んでいた。
けれどその奥に、確かに何かがくすぶっているのを感じた。
「どうしてボクの知らない所で……」
ランダルがリビングに入ってきた。
唇はひきつるように笑い、目は大きく見開かれたまま、焦点が定まっていない。
片方の手は口元に添えられ、指先をギリギリと噛みしめている。
すぐに、空気が変わった。
壁にもたれていたニェンが、ピクリと耳を動かす。
すぐに立ち上がると、何も言わずにニョンのところへ歩いていった。
まだ器に顔を突っ込んでいたニョンの首を、ひょいと持ち上げる。
「……にゃ」
短く鳴いたニョンを抱え、そのまま音も立てずに退室していった。
ソファにいたセバスチャンも顔を上げる。
ランダルの姿を一瞥しただけで、眉根をわずかに寄せた。
血のにじむ指先。
笑っていない口。
目の焦点はどこにも合っていない。
セバスチャンはゆっくりと立ち上がり、何も言わずにその場を離れる。
瞬く間に、部屋から気配が消えていった。
残されたのは、ランダルと——。
怖い、と思った。
けれど、動かなかった。
逃げるように立ち去ったみんなの背中を見て、
それでもなぜか、足を動かせなかった。
はその場にうずくまるように座り込み、
自分の膝を抱きしめながら、じっとランダルの様子を見ていた。
怒っているようで、泣きそうにも見えた。
その境界は、とてもあいまいで、
ひとつ間違えれば何が起きるか、わからないような、危うさがあった。