第10章 ゆめのせかい
挨拶を交わしたあとの空気は、静かで、やわらかだった。
まるで朝露みたいに、あたりの景色がやさしくにじんで見える。
ランダルは、その場でくるりとひと回りしてから、
棺の隣にちょこんと座りなおす。
「なんかね、すっごくいい気分なの。
よく眠れたっていうより……へへ、夢が、きっとよかったんだと思う」
そう言いながら、膝を抱えて、私を見上げてくる。
「ぜんぜん覚えてないんだけどね?
でも、と一緒にいた気がする。……気のせいかなぁ?」
首をかしげながら、にこにこと笑う。
まるで悪戯をしたあとの子どものような顔。
私は何も言わなかった。
けれど、何かを思い出しかけたような気がして、
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなる。
ランダルはふにゃりと笑って、私の足元に手を伸ばす。
「ねぇ、ねぇ~。今日もいっしょにいようね?
、ボクのプリンセスなんだから~」
声が甘ったるくて、どこか間延びしていた。
でもそれは、ほんのりと夢の香りをまとっていて、
思わず、心のどこかがくすぐったくなる。
壁際のセバスチャンが、小さく息を吐いた。
「……また始まった」
どうでもよさそうに呟きながら、
無造作にシャツの裾を引っ張って整え、襟元を軽く直す。
その動作も声も、まったくのいつも通りだったけれど、
ほんの少しだけ、長いため息に“慣れすぎた諦め”のようなものが混じっていた。
私は、何も返さなかった。
それでも、返事は必要ない気がした。
窓の外では、小鳥の声がひとつ、はねるように響いていた。