第7章 なな
「桜が嫌いなんて珍しいな」
「ちがうよ、あの木だけが嫌いなの」
俺は眉を寄せる。
「鶴さんってそんな顔もできるんだ?」
「どう言う意味だ?」
「いい意味だよ。ごめんね、あなたの大切なものを否定するようなこと言って。
…でも、主さんすごく悲しそうな顔をしてあの木を見るから」
「その理屈で言うと、俺のことも嫌いか?」
「……ふふっ。まぁでも、ボクが主さんを想うように、鶴さんが何を想っていても不思議じゃないし、否定はしないよ」
「そうか」
「無事に帰ろうね、小さな怪我でもしたら鶴さんが…鶴さんが嫌いな……って、なんていうか嘘でもいいたくないな」
「え?」
「ううん、ボクの話」
「そうか」
「まぁでも、怪我を少しでもおったら、どんなに軽傷でも手入れ部屋に入れられるし、大事をとって1週間は出陣できないし、うるさいくらいに構われるから鶴さんは余計頑張らないとね」
「肝に銘じておくさ」
「うん。じゃあ、ボクはもう寝るね。鶴さんも、早く休みなよ。初陣で昂って寝られない気持ちもわかるけど。あぁ、それと」
「ん?」
「部隊長に選ばれた鶴さんにボクからお祝い」
「なんだこれ?」
「ボクの御守り。あ、心配しないでボクも持ってるから」
「ありがとうな」
「どういたしまして」
受け取った青い御守りは、胸元に入れた。
今度こそ一人になって、俺は目を伏せる。
静かだ。
穏やかでもない、なぜだろうな。こたらの方が落ち着くのは。
一瞬、瞼の裏にアイツの顔が浮かぶ。
泣き出しそうな、苦しそうな顔。
なのに、俺に何も言わない。
…別に、言わなくても俺には関係ない。
ったく、乱のせいだな。
少し話に出たから、印象深く記憶の片隅にあった表情が浮かんできただけだ。
ゴロンと寝転ぶ。
視線の先にはまん丸の月。
体勢を変える。
目を閉じた。
《燃えるな、…朽ちるな、どうか俺のためにまた咲いてくれ。
何度でも、俺が守る。
どうか、消えないでくれ。頼むよ…。
君は、俺の唯一だ…。
この身朽ちても、君さえいれば。
なぁ、神様。あんた本当にいるのか、あんた本当に仕事しているのか。あぁ、俺もその一端か。
ならば、俺の残り少ない命君にやろう。最後まで咲き続けてくれ、君のまま》
全て灰になっていく。
君を残して。