【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第32章 定められしサークリファイス
窓から入ってくる夏風が、かすかに揺れたカーテンを通って頬を撫でていく。
探偵社が入っているビル一階の喫茶店『うずまき』の一つのテーブルでは、アナスタシアが本を開き、二人の中学生の少女達に静かに読み聞かせをしていた。
二人はそれぞれアイスティーのグラスに口をつけながらも、テーブルに肘をついて前のめりに話に耳を傾けている。
「そして、『賢者の器』となった若姫−−−如月香織の人生が始まったばかりのお話。『賢者の器』という表現では聞こえはいいですが別視点から見ると謂わば『賢者になる運命しかない定められた生贄』です。ですが、若姫は『賢者』にならなかった。これは定められた生贄から別の幸せを掴んだ者の物語、『定められしサークリファイス』と名付けましょう」
アナスタシアは静かに本を閉じると、柔らかく微笑んで二人に視線を落とした。
「凄いね〜お父さんとお母さん達もみんな格好いいね」
水色髪の少女がグラスを置き、ストローを指でくるくる回しながら小さく笑った。
「ねぇ、私のパパとママ少ししか出てこなかったんだけど」
灰色髪の少女は少し拗ねたように頬杖をつき、飽きたように視線を外す。
「少し癪だな」
不意に低い声がして、二人が振り向くと、店の奥の壁際から金髪の女が現れた。
輝夜はドアの横に寄りかかり、組んだ腕をほどいてこちらに歩み寄る。