【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第32章 定められしサークリファイス
「あら輝夜、来てたのですか?」
アナスタシアは驚いたように小さく瞬きをしてから、柔らかく笑みを向ける。
「ああ、首領殿のパシリでな」
輝夜は肩を竦め、手に持っていた封筒をテーブルの上に無造作に置いた。
「流石はポートマフィアの首領ですね、あの輝夜をパシリに使うなんて‥‥」
アナスタシアは肩を揺らし、笑みを含ませた声でからかう。
「輝夜さん、探偵社に何か用でもあるの?」
水色髪の少女が椅子に背を預け直しながら、視線を輝夜に向けて問いかける。
「社長殿にこの封筒を渡して来いと言われたのでな、私は暑い町中を歩いて来た故に疲れた」
輝夜は手をひらひらさせて涼しげに顔の汗を払う仕草をする。
「ナーシャ、お前が渡して来い。その代わり其奴等に昔話を聞かせてやる」
輝夜はにやりと笑い、封筒をアナスタシアに放るように手渡した。
「え、次は何のお話〜?」
水色髪の少女が興味を引かれたように、身を乗り出す。
「そうだな、『才能が無かった少女の恋路』の話なんてのはどうだ?お前達が知っている人だぞ」
輝夜はいたずらっぽく目を細め、テーブルを指で軽く叩いて二人を見やった。
窓からの夏風が、氷の溶ける音をかすかに運んでくる。
輝夜はテーブルの端に腰を預け、腕を組み直すと視線をゆっくりと二人の少女へ落とした。
夏の風がまた店内をすり抜け、物語の幕が静かに上がろうとしていた。