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【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜

第32章 定められしサークリファイス






「次何も言わないで消えたら容赦しないから」

香織は風に揺れる前髪を指先で押さえながら、じっと太宰を睨みつける。
声は低く静かだったが、その瞳にははっきりと怒りと小さな寂しさが滲んでいた。

「済まないね、君を巻き込みたくない一心でああするしかなかった」

太宰は肩をすくめて、苦笑いを浮かべる。
視線を逸らしながら、ポケットに入れた手をゆっくりと握りしめた。

「でも、結局私は巻き込まれたよ」

香織は小さく息を吐き、足元の小石をつま先で転がす。
目を伏せていたが、すぐに顔を上げ、真っ直ぐ太宰を見据える。
太宰は短く息を吐いて、困ったように目を細めた。

「……ごめんって」

そう言って、香織の頭にそっと手を置く。
その手は優しく、けれどどこか頼りなく震えていた。
太宰は香織の頭に置いた手をそっと下ろすと、すぐにポケットに戻した。
香織はその手の温もりを感じるように一瞬だけ目を閉じ、すぐに太宰を真っ直ぐに見つめ返す。

「……私、太宰君に置いていかれるのだけは嫌だから」

太宰は言葉を失ったように一瞬だけ黙り、風に髪を揺らされながら目を伏せる。
頬にはいつもの皮肉めいた笑みが浮かんでいたが、目元だけが静かに滲んでいた。

「……君は、私にはもったいないくらいだ」

「何それ」

香織は短く息を吐いて笑うと、一歩太宰に近づき、胸ぐらを小さく掴んだ。

「そういう逃げ道みたいな言い方、もうしないで」

震える手の中で、太宰のコートの布がかすかに鳴る。
太宰は香織の手を見下ろし、ほんのわずかに口元を緩めると、その手の上に自分の手を重ねた。

「……わかったよ。じゃあ次は、君が私を止めてくれ」

「次なんてないの、ちゃんと隣にいて」

香織の声は小さくて、それでもはっきりとしていた。
太宰は小さく笑い、苦しそうに目を細めながらも、その手を離さなかった。





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