【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第31章 Final Stage Ⅳ 〜絶望の先に咲く香りの花〜
神聖な、白く霞む幻想のような空間。
薄く水色がかった長い髪が空気に溶けるように揺れ、碧い瞳の女性は静かに佇んでいた。
足元には光の粒が漂い、まるで夢の中のように、現実感がない。
「まったく、若姫にはもっとお淑やかに覚醒してほしいものです。こんな荒療治のような方法で」
女性は小さく吐息をこぼし、袖の先で頬を撫でるように指先を滑らせる。
「相手はあのフョードルか、因縁深いですね」
長い睫毛を伏せ、ゆっくりと目を閉じた。
微かに口元が綻ぶ。
「戦う以上は負けたくないですね、この私、アナスタシア・ドストエフスカヤ・グラナートの名において‥‥ね」
薄く開いた瞳に強い光が宿る。
揺れる髪を指で払うと、まっすぐ前を見据えた。
「私との100%適正を持った逸材、やっと‥‥やっとここまでの覚醒が出来た者が現れた。目覚めてください、若姫」
指先で宙をなぞり、そこに浮かぶ光をそっと掬い取る仕草をする。
「私の遺伝子を持つグラナート一族から何百年という歳月を得て、やっと私と同等の逸材が覚醒した。これは喜ばしいことです」
「え、っと」
香織の声に、アナスタシアは静かに目を開き、頬に触れた手を外す。
「まずは異能について説明しないといけませんね、間違えた捉え方をしているので」
人差し指を立て、小さく振りながら軽く首を傾ける。
「間違えた捉え方?」
香織の問いに、アナスタシアはくすりと笑い、片手を胸の前で組む。
「ええ、若姫は『生と死』を操る異能だと思っていますがそれは違います」
ゆっくりと指をほどき、手のひらを上に向けると、掌の上に小さな光の欠片が現れる。
「『夢の方舟』は『あるものをないものに、ないものをあるものする』---想像力を豊かにさせる必要がある異能です」
「で、でもお母さんは---」
香織の声に、アナスタシアは瞳を伏せ、わずかに肩を落としてため息をつく。
「リーリヤ・グラナートは『事実』を操る能力を持っていました」
手の中の光を握り潰すと、それは霧のように溶けて消える。