【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第27章 𝕃𝕠𝕤𝕥 𝕋𝕚𝕞𝕖 〜刹那の奇跡と儚い懐慕〜
「あ、着物を着てる方の」
「君は元の世界に帰るために協力したのだろう。結論から言うとこの世界の香織の異能で帰れる」
太宰の言葉に香織は理解出来なかった。
心の声が外に出てしまう。
「それってどういう……」
「詳しく教えることは出来ない。ここで知ってしまえば未来が変わってしまうからね、それは望んでいないだろう?」
一拍置いてから太宰は話を続ける。
「しかし、役割は知ったほうがいいかもしれないね、何故組合とフョードルが君を狙っていたのか」
狙っている理由なんて香織は随分前から知っている。
今更何を言うのかと思いながら言葉を口にする。
「それは、私の異能目当てで……」
「それもそうだが君には、『本』の守護者の役割がある。フランシスは知らなかったようだがフョードルは知っていた」
黙って聞いていたアナザー香織が反論する。
「そんなの初耳なんだけど、急に言われてもやり方が分からなければ使えないよ」
「分からないままでいいさ、強く願えば君の中にいる者が叶えてくれる筈だ」
「私の中の者が?」
強く願えば叶う---そんな曖昧なことで本当に異能力を使えるのだろうか。
だが実際に落下する太宰を助けたのは明らかに異能力だった。
「……やってみる」
アナザー香織は異能を使う前に香織に聞いた。
「ねぇ、治君を連れ戻さなくていいの?あなたの世界の治君でしょ?」
「太宰君がこの世界に留まることを望んでいるのなら私は連れ戻さない。少し寂しいけどね」
寂しいの言葉で片付けられる香織にアナザー香織は驚いた。
意外と器が大きい人物かもしれない。
「そっか」
異能を使おうと香織の手を取った瞬間、アナザー香織の脳内に映像が流れて込んだ。
ベト◯ター化した柳瀬和雄に立ち向かう中也、太宰、香織の姿、触手に身体を拘束されている香織の姿、谷崎の異能に向けて拳銃を向ける姿、路地裏でフョードルと話してその後に倒れる姿、覚悟を決めて福沢と話す姿---それらはこれまでの香織の過去だとアナザー香織は感じた。
(『鬼亜薬事件』、『DEAD APPLE』、『共食い』、そして『天人五衰事件』……本来の私は大変な思いをしていたんだな)