【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第22章 太宰、りんごの君を思ふ
教会が管理している墓地には太宰の姿がいた。
大木の下にある一つの墓石に太宰が寄りかかっている。
墓参りしている人の行動ではないが太宰は気にせず、墓に向かって話かける。
「聞いてよ織田作、香織が私を避けるようになったんだ」
織田作に香織のことを話していた。
『りんごの君かもしれないとお前が言っていた人か、何かしたのか?』
もしここに織田作が生きていたとすればこう答えるだろう。
傍から見れば太宰の独り言に聞こえるが太宰としては織田作と話している気分だった。
「自分の存在が母親を殺したのだと香織が言っていてね、いつか周りの人を殺してしまうかもしれないと……勿論私はそんなこと無いと否定したのだよ、私は香織が殺しを行う前に止めるとも言った。香織が人を殺したとなれば香織が壊れてしまう、それだけは避けたいと思っていたからね」
『そうか、お前は優しんだな』
「それ、香織も言っていたけど私が優しい?君と香織は同じ思考をしているね」
『俺は会ったことが無いがお前がそう言うならそうだろうな』
織田作と香織は同じ思考回路をしていると思う。
初めて香織の姿を見たのは『亜鬼薬事件』の前で彼女が街で買い物をしている時だった。
似ているのだ。
幼い頃に会った突然現れ、雨と共に消えた、名の知れぬあのお姉さんに。
名前を教えてくれなかったため、太宰はお姉さんのことを『りんごの君』と名付けた。
安吾と織田作に嫌と言う程聞かせた記憶がある。
『お前が一人の人間に執着するのは珍しいと思って聞いていたが何かあるのか?』
「あるさ、りんごの君は私の初恋を奪った人だからね」
『りんごの君と和解出来るといいな』
「ああ、また来るよ、織田作」
太宰は立ち上がり、歩き出す。
墓地から出ようととしたところで木に幹に背中を付けて座って寝ている香織の姿を太宰は見つけた。
「香織」
世の中は物騒だ。
外で寝るのは色々とまずいと思った太宰が香織の肩を揺らす。
その拍子に香織の髪から隠れていたのか小さな花が落ちた。
地面に落ちた花を見た太宰は確信した。
「……やっぱり、君だったのだね」
忘れもしない、白に近いピンクの花弁をした小さな花。
ヨコハマでりんごの花があるのは中々無い。
あの日、付けたりんごの花が目の前にある。