【第一章】世界の支配者篇 〜定められしサークリファイス〜
第19章 過ぎ去った時代
それから数十年の時が流れた。
フョードルの姿は教会にある墓地にいた。
一つの墓石の前に彼は花を手向ける。
「おにーさんってよくここに来てるよね?誰のお墓なの?」
フョードルが振り向くとそこには幼い香織がいた。
「ええ、ここは貴女の−−」
そこで彼は言葉に詰まる。
香織の生い立ちなどについては調べたため知っていた。
自分が花を手向けている墓石は香織の母親だと教えてもいいが親に甘えたい時期の幼い子には辛いだろう。
数多く人を殺してきたのに躊躇している自分に対しておかしさが込み上げてくる。
「ここに眠っているのは僕の大切な人です」
「そーなんだ」
「貴女には大切な人がいますか?」
「うん!私、とーさまが大切なの!」
香織の言う『とーさま』とは柳瀬和雄のことだろう。
彼は養父であり、香織とは血の繋がりがないのは確証を得ている。
「お母様は大切ではないのですか?」
フョードルは香織に探りを入れる。
香織が父親のことを話すのに違和感があった。
「お母様?確かに大切だけどあんまり覚えてない」
フョードルの情報では香織はリーリヤが大好きだったはずだ。
大好きだった人を簡単に忘れるわけが無い。
「そうですか」
フョードルは香織の言葉を聞いて怒りを覚えた。
柳瀬和雄は研究者でありながら暗示を得意とした人物でもあった。
大方、柳瀬和雄が香織の記憶を封じたという線が濃厚だ。
「では、またお会いしましょう。香織」
「うん、じゃあね!おにーさん!!」
フョードルが立ち去り、香織は首を傾げた。
「何であのおにーさん、私の名前知ってるの?」
きょとんとしながら香織はフョードルがいた墓石を見つめた。