第3章 間諜
見張りの居る重厚な扉。
その扉を躊躇いなく叩敲して合図と共に中に這入る紬。
勿論、中也は宣言通りに部屋に入っては来なかった。
「おや。もう戻ってきていたのかい?」
「ええ。先程の件の報告に参りました」
「!流石、仕事が早いねえ」
机に座ったまま、笑顔で話す首領、森鷗外ーーー
纏う空気が一瞬変わったことを紬は見逃さなかった。
「聞かせてもらおうかな」
「ええ。間諜はーーーー」
ーーーー
中也は首領室の入り口に立っている黒服の横で壁に背を預けて立っていた。
そこに慌てた様子で黒服が一人、走って首領室の前までやって来る。伝令係だ。
「どうした」
只ならぬ雰囲気を感じ取った中也は伝令に話掛けた。
「中原幹部ッ……」
「先ずは息を整えろ」
はい、と深呼吸をする伝令係。
そして、直ぐに慌てた様子で叫んだ。
「黒蜥蜴が全滅です!」
「何っ!?」
そう告げたはいいが、中也が此処に居るということは、詰まる所先客が、「五大幹部」さえも待つ先客が居るということだろうと理解し、叩敲を躊躇う。
その事を把握した中也は、中に這入っているのは紬だしな、と思いながら伝令の代わりに首領室を叩敲した。
「這入り給え」
その声を聞いて、脱帽し、中也は中に入った。
「急ぎの様だね」
「はい。黒蜥蜴がやられました。此処に戻るときにさえ劣勢でしたが……如何致しましょうか」
「ふむ」
首領はそういうと紬の方を見る。
その意味を正しく理解した紬は首領の代わりに口を開いた。
「もう充分な時間は稼いだ。全員に撤退を指示し給え。負債の報告を纏めて私まで」
「了解」
中也は短くそういうと首領に一礼し、部屋を後にした。
静かになった部屋の静寂を先に破ったのは首領の方だった。
「これで疑いは確信に変わる、か」
「確実に」
紬は中也の出ていった扉を見つめたまま、溜め息混ざりに答えたのだった。