第1章 第一章 別れと出逢い
苦しい。
男が腹の上に乗り、椿の身体を弄っていた。
意識が朦朧とする中、抵抗できずに諦めていた所、殺気立つ雰囲気が辺りを包んだ。
途端に男は崩れ落ち、泡を吹いて倒れる。
長髪を一つに結んだ男が椿を抱き上げようとしたのと同時に、意識が途切れた。
…
『痛い……』
全身に痛みが疾走る。
暖かな布団に包まれていた。
瞼を持ち上げると、白髪おかっぱのお爺さんと頭巾を被った犬?が顔を覗かせた。
「起きたか」
「ヘム!」
『綺麗なお布団、ありがとうございます。わたしを助けていただいた方ですか?』
ゆっくり上体を起こし、二人(?)に頭を下げる。おかっぱお爺さんは椿が尋ねたことや、二人の名前などを教えてくれた。
ここ忍術学園の裏々山にて暴漢に襲われている所を関係者に拾われ、ここまで運ばれてきたと言う。
『学園長とヘムヘムですね、この度は本当にありがとうございます。
早速なのですが、こちら近くに街はありますか?今すぐにでも働きに出て、元居た所に帰りたくて……』
「街に出て、元の場所がすぐ分かると思うのか?
……おぬしが着ていた服からして、この辺りを探しても情報が掴めないじゃろう。
どうせなら、ここ忍術学園で過ごしながら銭を稼げばよい」
ここで過ごさせてもらえるなんて、わたしは不審者だと思われても仕方がないのに。椿は涙目になりつつ、彼の好意に胸がいっぱいになった。
『迷惑でなければ、お願いしたいです。わたしの取り柄は、裁縫しか無いのですが……精一杯役立てるように努めます!』
それから学園長と二人で雑談する流れに。
年齢だったり、元居た所で何していたとか、趣味や恋人のことだったり。
つい赤裸々に話してしまって、少し沈黙が訪れた。
「そうか、恋人から別れを切り出され、自暴自棄になり身を投げたと」
『運命の人だと思ってたんですけどね、性格のほんの少しのズレで仲違いしてしまって……』
もうあの人に必要とされていない。元居た所に帰るのは怖い。そんな負の感情が椿を支配する。
俯いたままの心は、次第に瞼を降ろしてゆく。学園長の優しい声に耳を寄せて、微睡みに身を任せた。