第9章 静かな医師
「パフューマー、失礼するよ」
ある日。私は療養庭園にやって来ていた。
「あら、珍しいわね、ドクターくんが療養庭園に来るなんて」
療養庭園にはいつものようにパフューマーがいた。私は、昔自分が残したらしい手記の一枚をパフューマーに取り出した。
「昔の私が……記憶喪失になる前の私が、研究のヒントになるかもしれない植物の種をどこかに保管したらしいんだ。こういう植物で花も咲くらしいが、もしかしたらここに植えられてるかもと思ってね」
「へぇ、行方不明の種ってことね」
とパフューマーが私の過去の手記を覗き込む。どうやら私は、昔は絵が上手かったらしい。種の形や特徴、葉脈など細かく描かれているのだ。今の私からしたら信じられない程研究熱心である。
「ポテンゴちゃんにも聞いてみるわね。ちょっと待ってて」
「ああ」
と療養庭園の奥に消えたパフューマーの背中を見送って私は周りの景色を見回してみる。
療養庭園は、ここが室内だと忘れてしまいそうになるくらい天井まで様々な植物に覆われていた。何か香りがする植物もあるようだ。私が研究者だった時は、あの葉っぱやあの木のことなど容易く分かったのだろう。今の私にはさっぱりだ。