第32章 インディゴにプレゼントする話
「そうなんだけどさ」私はうんうんと頷きながら話し続けた。「レオンハルトに商店街巡りに付き合わされていたら、リボン屋さんを見かけて。そこに、インディゴ色のリボンがあったからさ」
君を思い出してプレゼントしたくなったのさ、と私はルームフレグランスの瓶に結ばれたインディゴ色のリボンを指した。
「インディゴ……私のコードネームですね……」
インディゴは改めて確認するようにそう呟いた。彼女の灰色の瞳は、まだ動揺しているようだ。
「中身は、パフューマーに調香して貰ったラベンダーでね、気に入る香りかは分からないが、リラックス効果があるんだよ。ぜひ部屋に飾って欲しい、なんて私の傲慢なんだけどさ」
「必ず飾りますね」
インディゴはルームフレグランスを持ち上げながら、これは灯台を守る使命と同じだ、と言いたげな真っ直ぐな眼差しで私を見据えた。その眼差しに、今度は私が狼狽える番となる。
「別に、無理にとは言わないからね? これは仕事とか任務とかではなくて……」
言いかけて、私は口を噤んでしまう。そうか、上司から部下に個人的な物をプレゼントされたら、それは業務的に返事をするしかないだろうと私は考えたからだ。ただのルームフレグランスなんかでそこまで重圧に思って欲しくない。だが、これ以上になんて言ったらいいのか分からないまま私が一人悶々と悩んでいると、インディゴがクスリと笑ったのだ。
「分かってますよ、ドクター。これは、私が大事にしたくて受け取ったのですから」
それからくるりと踵を返し、何食わぬ顔でインディゴは書類仕事へと戻って行った。彼女の一本さえ見逃せない長い髪から、あっという間にラベンダーの香りが広がった気がして、私は妙な緊張感を覚えるのだった。
(ありがとう、インディゴ)
いつも何を考えているのかは分からないが、大事なことはしっかりと分かっている。そんな彼女に、私はこっそりと感謝の気持ちを抱くのだった。
おしまい