第10章 悪夢の棲む家
「……実は私もその頃ときどき感じていたんです。誰かに外から覗かれている気配のようなものを。そんなの気のせいだって自分にも母にも言い聞かせていたんですけど──」
ある日、母とお茶をしていた時だった。
母はとあることを翠に話したのである。
『……ねえ。お隣が覗いてるんじゃないかしら』
『お隣って──』
『笹倉さん』
その言葉に翠は眉を寄せて、隣に棲む笹倉家の三人の人間を思い出した。
恰幅のいい眼鏡をかけた主人とふくよかな体格のその妻、そして高校生ぐらいの息子。
『──やだ!変な事言わないでよ。確かにちょっと変わった人たちだけど、いくらなんでも他人の家を覗いたりなんか』
『そうかしら……。でもあの奥さん、合い鍵を預かりましょうかなんてしつこく言うんだもの』
『合い鍵を?どうして?』
『留守の時に雨が降ったりしたら洗濯物が心配でしょうですって……やっぱり変よね』
『変よ!そんなに親しいわけでもないのに』
『やたらうちの事情や家の中の様子も聞きたがるし。愛想のいい人だとは思うんだけど、よすぎてちょっと気味が悪いっていうか……あの人──……』
母はそこで言い淀んだ。
『……なに?』
『──あの人、家の中に入ってきてるんじゃないかしら』
翠は目を見開かせた。
同時になんも言えない恐怖を覚える。
『……やめてよ!そんな怖いこと言うの』
『だって家の中の物の位置がいつの間にか変わってることがあるのよ』
『でも合い鍵を渡したわけじゃないんでしょう?だったら家に入れるはずないじゃない。自分で動かして忘れちゃってるんじゃないの?』
『違いますよ。その事に気がついてからは気をつけるようにしてるもの』
『野良猫でも入って来てるんじゃ』
翠の言葉に母は少し声を荒らげた。
『猫がお鍋の位置を変える?煮物をしてたお鍋が洗濯物を取り込んでる間に別のコンロに移動してるのよ?お鍋を動かしてそれまで使ってたコンロの火を消して、横のコンロの火をつけるなんて猫にできると思う?』
『まさか泥棒──』
『そう思って調べてみたけど、何もなくなったりしてないもの』
『……本当にお母さんの勘違いじゃないの?』