第18章 目覚めの光
「……それ、誰かから聞いたの?」
「ううん。わかるの。ゼロのやつれ方が、私の大切な人にそっくりだから」
チユは言った瞬間に、胸がずんと重くなった。
――言っちゃいけなかったかもしれない。彼がずっと隠してきたことを、こんなふうに暴いてしまったかもしれない。
「その“大切な人”って……人狼なの?」
チユは黙って、ゆっくりと頷いた。
ゼロはしばらく黙ったまま、通路の窓の外に目を向けた。
流れていく景色と同じように、彼の表情もどこか遠くにあった。
「俺が怖い?」
ゼロの問いかけに、チユは首を横に振った。
「あなたみたいな優しい人、怖がるわけないよ」
そう言って、チユはゼロの手をぎゅっと握りしめた。
ゼロは驚いたように瞬きをしたあと、ふっと表情を緩めて笑った。
「人に知られたら、怖がられるって思ってた。でも、チユには……最初からどこか、怖がられない気がしてた」
ゼロは静かにチユの方を見つめる。いつもどこか曇っていたその目が、ほんの少しだけ、やわらかくなっていた。
「俺のこと、誰にも言わないで欲しい」
「うん。言わない。絶対に」
「ありがとう……」
汽車は少しだけ速度を落とし、キングズ・クロス駅が近づいてきた。
「手紙を出してもいい?」
ゼロは少しだけ迷いながらも、チユに尋ねた。
「うん。私も……フクロウ飛ばすね」
「……じゃあ、また」
ゼロが控えめに微笑んだその瞬間、チユはふと、自分の背中にある“秘密”のことを打ち明けようかと思った。
羽根があること、普通じゃない自分のこと。今なら、もしかしたらゼロなら受け止めてくれるかもしれない。
けれど――口が開きかけて、すぐにまた閉じられた。
怖かった。
彼に、嫌われたくなかった。
だからチユは、何も言わず、ただそっとゼロの身体に腕を回した。
2人は短く抱き合ったあと、ゆっくりと離れ、汽車は静かに目的地へと滑り込んでいった。