第5章 短編
甚爾は、手元のタバコを灰皿に押し付けながら、内心で呆れたように息を吐いた。
おそらくこいつは、過去にまともな愛情を受けたことがない。
だから、人に大切にされることに慣れていない。
そもそも、自分が「大切にされる価値のある人間」だと信じていない。
そのくせ、どこかで愛情を求めている。
そんなもの、与えられるはずがないのに。
与えられたところで、どうせ受け取れやしないのに。
(だったら、どう扱えばいいかなんて、考えるまでもねぇ)
甚爾は紫苑の髪を無造作に指に絡めた。
ほんの一瞬、紫苑の肩がわずかにこわばる。
やっぱり警戒するんだな、と甚爾は薄く笑った。
「何よ」
「別に」
適当に返しながら、指先で紫苑の髪を遊ばせる。
紫苑は口を尖らせ、呆れたようにタバコを咥え直した。
(……まあ、いい)
甚爾はぼんやりと考える。
こいつは、ほんの少しずつ手綱を引いてやればいい。
「お前はそんなに悪くない」
「お前には価値がある」
そう思わせる言葉を、絶妙なタイミングで投げてやればいい。
そうすれば、紫苑は自分から絡め取られていく。
愛情を受け取れない女なら、「依存」にすり替えてやればいい。
紫苑は、まんまとそれを「自分の意思」だと勘違いしてくれるだろう。
甚爾は、新しいタバコに火をつけた。
紫苑はその煙をちらりと見て、小さく笑った。
「吸いすぎ」
「そうかよ」
甚爾は笑いもせず、ただゆるく煙を吐いた。