第1章 出会い
重厚なシャンデリアの光が、磨き上げられたグラスに淡い輝きを落とす。低く流れるジャズ、笑い声、氷が溶ける微かな音——馴染んだ夜の景色。
紫苑は嬢の待機席で腰掛けたまま、ホールの様子を眺めていた。今日も変わらず、金と欲望が絡み合う場所。退屈ではないが、心が満たされるわけでもない。
「紫苑さん、ナンバーワンの〇〇さんのテーブル、新規がいるみたいで」
ボーイがそっと声をかける。
「ああ、OK。すぐ行く」
軽く微笑み、紫苑はグラスを置いた。新規客には一通り顔を合わせるのがルールだ。そうすれば、次に来店した際に紫苑を指名する可能性も生まれる。
席に向かうと、ナンバーワンのホステスが笑顔で会話を回している。紫苑はふと、視線の先の男を見た。
場違いなほどラフな格好。黒髪は無造作に後ろへ流され、瞳はまるで何も映していないかのように冷たい。周りの華やかな空気とは真逆の、虚無と肉食の混じった男——。
直感的に、紫苑は思う。
(これは、夜の客ではない)
夜遊び慣れした男特有の軽薄な色気がない。かといって、初めてこういう店に来たわけでもなさそうだ。ただ金があるから座っているだけ。そんな雰囲気。
「紫苑です。少しの間ですが、ご一緒させていただきますね」
微笑みながら席につく。香水の甘い香りが僅かに広がった。
甚爾は紫苑を一瞥した。
「ああ」
それだけ。
名刺を渡しても、テーブルに置いてしまう。視線を落とすこともない。ホステスとの会話に楽しさを求めていない、あるいは興味すらないのが明らかだった。
それでも、紫苑は慣れた調子で、他の客と同じように接する。営業トーク、軽い冗談、相槌。しかし、甚爾の態度は微動だにしない。
(まったく響かないわね)
面倒なタイプ。かといって、無理に盛り上げる義理もない。紫苑は適度に話を振り、必要最低限の役目を果たした。
「じゃあ、私はこのへんで」
「おう」
甚爾はグラスを傾け、ようやく名刺を手に取った。雑に財布に押し込みながら、ちらりと紫苑を見上げる。
その瞬間だけ、獣が獲物を見るような目をした。
(……まあ、指名はないでしょうね)
待機席へ戻ってきたところでボーイがやってきた。