第2章 侍女の日常
この世界のことは水蓮さんに色々と教えてもらっている。
その内容は、侍女の仕事から習慣や作法まで様々だ。
着付けも水蓮さんにずっと教わっていたのだが、先日ようやくこちらの服を一人で着られるようになったところだった。
それまでは毎朝毎晩、水蓮さんに手伝ってもらって着替えていた。まるで小さい子供だ。本当に申し訳ない。
というわけで、今日は一切の手伝いもなく、初めて完全に一人で着付けをすることが出来てとてつもなく浮かれていた。
ふんふんふんと鼻歌を歌いながら、執務室の掃除をこなしていく。
テーブルを拭いて、高そうな壺のほこりを慎重に払って、窓の拭き掃除を始めたところだった。
壬氏様が執務室へと入ってきた。
布巾を近くの棚へ置き、両手を胸の前で合わせてぺこりと一礼する。これも水蓮さんに習った礼儀作法だ。
壬氏様は自身の執務机の椅子に座ると、頬杖をついてつまらないとでも言いたげな顔でこちらをじっと見つめてきた。
視線が針のように突き刺さって大変気まずい。
「…なんですか?」
たまらずそう尋ねると、壬氏様からは思いもよらない言葉が返ってきた。
「あのセーフクとやらはもう着ないのか」
セーフク?ああ、制服?
何のことかと思ったら、私がこちらの世界に来た時に着用していた高校の制服のことか。
「着ないですよ。誰かに見られたら困るじゃないですか」
こちらの世界には存在しないものだ。人に見られでもしたら不審に思われてしまう。
それに、この服も案外気に入っていたりする。普段着慣れないものを着るというのは、コスプレをしているようで自然と気分も上がるというものだ。自分で着られるようになったというのも気分が上がるポイントだ。
ムスッとしていた壬氏様の表情は、私の返答を聞いてさらに不機嫌さを増したようだった。
ガタッと音を立てて立ち上がると、俯いたままこちらに歩いてくる。
無駄な威圧感に固まっている私をその場に閉じ込めるように、窓枠に両手をついて顔を上げた。
不機嫌な表情はそのままに、壬氏様はこちらをじっと見据えて徐ろに口を開いた。
「俺の前でだけ着ればいい」
だとしても他の人に見られる危険はある。
言っていることはまるで理に適っていないというのに、蜂蜜のようなその甘い声が耳に響いて、しばらく反論することも動くことも出来ずにいた。
