第6章 貴方は何が好き？

　今日のターゲットは、言わずと知れた高級豆――ブルーマウンテン。
　芳醇な香りと滑らかな口当たり、バランスの取れた風味が特徴で、「コーヒーの王様」とも称される豆だ。

　（バージルの好みに合うかな？）

　ビアンカがそんなことを考えながら湯を注ぐと、ふわりと優雅な香りが立ち上る。
　深い苦みはなく、酸味も穏やか。すべての要素が均整のとれた上品な仕上がり。

　「これは期待できそう……」

　カップに注ぎ、バージルの前にそっと置く。
　彼は、無言のままカップを手に取り、一口含んだ。

　……数秒の沈黙。

　そして、ゆっくりとカップを置く。

　「……」

　（えっ、ダメだった？）

　不安に駆られながらも、バージルの表情を観察する。
　しかし、眉を寄せるでもなく、拒絶の色を見せるわけでもない。
　ただ、何か物足りなさを感じているような――そんな微妙な空気が漂う。

　「どう？」

　ビアンカが促すと、バージルは淡々と答えた。

　「……整いすぎている」

　「は？」

　思わず聞き返してしまう。

　「苦み、コク、酸味……どれも突出していない。すべてが均衡を保ちすぎている」

　「つまり？」

　「……面白みに欠ける」

　バージルはつまらなそうにカップを見下ろした。

　ビアンカは呆然としながらも、手帳を開き、書き込む。

　「ブルーマウンテン：× 整いすぎていて物足りない。『面白みに欠ける』とのこと。なるほど、バージルはバランス型よりも尖った個性のある味が好みらしい」

　「お前、何を記録している」

　「研究」

　「余計なことを……」

　バージルはため息をつきながらも、それ以上何も言わない。

　（やっぱりこの男、強い個性のある味のほうが好きなのか……）

　ビアンカは顎に手を当てながら考え込む。

　（となると、次はもっと苦みが際立つ豆を試してみるべきかも……）

　コーヒー豆探求の旅は、まだまだ続きそうだった。