第6章 貴方は何が好き?
今日の紅茶は、ラプサン・スーチョン。
松葉で燻された独特の燻香を持つ、クセの強い茶葉だ。
貰いものを試そうとして初めてこの香りを嗅いだ時、ビアンカは思わず眉をひそめた。
(うわ……なんか、燻製みたいな匂い……)
正直、自分の好みではない。だからしばらく戸棚で放置されていたのだ。けれど彼はストレートティーを好む。ならば、クセがあっても渋みや苦みのバランスが取れていれば案外気に入るかもしれない。慎重に茶葉を量り、熱湯を注ぐ。
トレイにカップを載せ、リビングへ向かう。いつものようにバージルは本を読んでいた。ビアンカは無言でカップをテーブルに置く。彼は視線を動かし、少し目を細めると、カップに手を伸ばした。が、すぐに香りに気づいたらしい。
僅かに鼻を動かし、カップを持ち上げる。慎重にひと口含んだ。その反応だと彼も初めて接した紅茶なのだろう。
そのままビアンカは彼の表情を観察する。苦味に顔をしかめることも、違和感に眉をひそめることもなく、ただゆっくりと飲んでいる。
(あれ……?)
もう一口、さらにもう一口。その仕草は、これまでの紅茶と比べて圧倒的にスムーズだった。何より、彼はすぐにカップを置かない。
(……もしかして、これ、すごく当たり?)
「悪くない」
(きた!!)
これまでよりも、さらに一歩踏み込んだ表現。バージルの辞書で「悪くない」は、ほぼ「好ましい」と同義だ。彼が無自覚にカップを傾け続けている様子を見て、ビアンカは確信した。
(これは……バージルなりの大ヒットだ)
「そんなに気に入ったの?」
試しに聞いてみると、バージルは少し考えてから言った。
「……香りがいい」
ビアンカは目を丸くする。バージルが「香り」に言及するのは、これが初めてだった。燻製のような独特の香りは、人によって好みが分かれるが、彼にとってはむしろ心地よいものらしい。
「ふーん……じゃあ、また用意するね」
何気なく言うと、バージルは視線を落とし、カップを見つめる。その沈黙が、まるで肯定のようだった。ビアンカは、心の中で小さくガッツポーズをする。
(よし、決まり! バージルの至高の一杯、見つけた!)
こうして、長きに渡る紅茶探しの旅は、ラプサン・スーチョンという答えにたどり着いたのだった。