第4章 ダンテ、顔を出す
バージルはビアンカの横を通り過ぎ、無言で椅子に腰を下ろした。腕を組み、目を閉じる。
「……」
ビアンカはしばらくバージルの様子を窺っていたが、彼がこれ以上何か言うつもりがないと悟った。
「アンタ、機嫌悪いでしょ」
「……くだらん」
「まあまあ、そんな怒らないでよ」
そう言いながら、彼の横に立つと、そっと肩に手を置く。
「悪かったってば。ダンテのこと、アンタが面倒くさがるのもわかってたけどさ……」
「……貴様の行動が余計な混乱を招く」
「うん、ごめん。でも、ほら……アンタだってちょっとは、弟に心配してもらえるの、悪い気しないんじゃない?」
「……」
返事はない。バージルは不機嫌な顔をしているが、その沈黙の裏には幾分かの苛立ちと、ほんの少しの困惑が混じっていた。
ダンテがこの家に来た。それだけのことなのに、胸の内にざらつくものがある。弟は、昔からそうだ。何の考えもなしにこちらの領域に踏み込んでくる。軽薄で、騒がしく、鬱陶しい。 ……だが。自分の知らない過去でダンテがビアンカに余計なことを吹き込んだのではないか、と思った瞬間にわずかに感じたこの苛立ちは、一体何なのか。
ビアンカがバージルの背後に回り、肩をぽんぽんと叩いた。
「ほら、そんなに怖い顔してたら、ネロがびっくりしちゃうよ」
「貴様のせいだ」
「そりゃそうかもしれないけど」
ビアンカは苦笑しながら、そっと彼の銀髪に指を差し入れる。その瞬間、バージルの肩が微かに強張った。
──またか。
彼女は何かにつけて、こうして俺の機嫌を取ろうとする。
「機嫌直してよ、ね?」
無言のまま、バージルは目を閉じた。それを許可と解釈したのか、ビアンカは優しく彼の髪を撫でる。
「……俺を子供のように扱うな」
「じゃあ、大人の男のご機嫌はどうやって取ればいいの?」
ビアンカがわざと甘えたような声を出すと、バージルはわずかに眉をひそめた。
──どちらにせよ、彼女の手のひらで転がされているのは俺のほうか。
「……黙っていろ」
「はいはい」
小さく笑いながら、ビアンカはもうしばらく彼の機嫌を取るために撫で続けるのだった。バージルは目を閉じたまま、その心地よさを拒むこともせず、ただ静かに受け入れていた。