第16章 平和な日常を
ビアンカは椅子に座ったまま、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらバージルの方を見上げた。
バージルは窓際に立ち、無言で紅茶を口にしている。
相変わらず無駄な言葉を発しようとしない彼に、ビアンカは小さく息をついた。
「ねえ、バージル」
「……なんだ」
問いかけられ、バージルは視線だけを向ける。
それに構わず、ビアンカはさらに言葉を続けた。
「アンタ、アタシのこと結構好きでしょ?」
不意に落ちた言葉に、バージルの手が止まる。
紅茶を口に運ぼうとしていたが、その動作の途中で固まった。
「……」
ビアンカはじっとバージルの反応をうかがう。
しかし、彼はしばらく沈黙したまま何も答えない。
「え、なに、スルー? それとも否定する気?」
少し面白がるように、ビアンカが身を乗り出す。
バージルは視線を逸らしながら、ようやく低く口を開いた。
「くだらん質問だ」
「いやいや、結構重要な質問だと思うよ?」
「どうでもいい」
「そりゃあ、答えたくないだけでしょ?」
「……」
バージルは何も言わないまま、再び紅茶を口に運ぶ。
だが、その耳がわずかに赤いことを、ビアンカは見逃さなかった。
「……ふふっ」
「何がおかしい」
「別に? ただまあ、好きじゃなかったら、こんなふうに一緒に暮らしてないだろうし」
「……」
「それに、嫌いな相手のために魔力や寿命を分けたりしないでしょ?」
「……」
「ねえ、どうなの?」
ビアンカはさらに詰め寄るように身を乗り出し、バージルの顔を覗き込む。
バージルは一瞬だけ目を細めたが、やがてゆっくりと息をついた。
「貴様は、俺の契約の相手だ」
「契約ねぇ」
「俺にとって、必要な存在であることは確かだ」
「ふーん?」
「……」
「まあ、それだけ聞ければ十分かな」
ビアンカは満足そうに微笑み、椅子にもたれ直す。
バージルはそんな彼女を一瞥し、再び窓の外へと視線を戻した。
言葉にするのは苦手でも、彼の態度はもう十分すぎるほどに答えを示していた。